泳歴

西暦年次レース事象
2020社会人23年
7月よりホリデイ鳥取再入会、練習を再開
7月、コロナ禍の影響もあり、鳥取へ帰任
2019社会人22年ホリデイ退会、横浜での拠点無しで、再び休泳
4月より、横浜へ単身赴任開始
2018社会人21年年が明けて1月、練習を再開
9月、ホリデイ鳥取のオープンに伴い入会
2017社会人20年
(45歳区分)
休泳
2016社会人19年鳥取へ帰任。拠点無しで休泳状態へ
2015社会人18年ルネでたまに泳ぐ
2014社会人17年ルネでたまに泳ぐ
2013社会人16年ルネでの練習は、時々自主練、マスターズへの参加は数回のみ
5月、次女が誕生
4月より、横浜へ単身赴任開始。ルネサンス港南中央が新たな拠点となる
県室内マスターズ欠場
2012県マスターズ9月、競技役員に徹する
2012社会人15年
(40歳区分)
県室内マスターズ25m平泳ぎ公式戦デビュー
2011社会人14年県マスターズ100m平泳ぎで22秒を要する
2010鳥取県選手権8月、50m・100m平泳ぎ予選落ち
高速水着使用禁止に伴い、終わった
2010社会人13年新春マスターズミート1月、50m・100m・200m平泳ぎ(短水路)で生涯ベスト更新
高速水着の恩恵を受け切った
2009社会人12年長女が誕生
2008社会人11年大田区民体育大会4ヶ月の東京常駐期間、コナミスポーツクラブ蒲田へ所属
50m平泳ぎ3位、東京での足跡も残す
2007社会人10年
(35歳区分)
オールマスターズ in 三重200m平泳ぎ(短水路)で生涯ベスト更新(2’47”77)
日水連登録保留で、現役を一時引退
2006社会人9年鳥取県選手権男子50m平泳ぎ5位
名古屋レインボーカップ50m平泳ぎ(長水路)で生涯ベストを更新(33”06)
8月より、PAJA鳥取を拠点として加える。
12月、入籍。二人暮らしに。
2005社会人8年石川県選手権男子50m平泳ぎ14位
石川県長距離マスターズ1500m自由形(短水路)初挑戦(23’27”91)
10月に鳥取へ帰任。クオーレを拠点とする
2004社会人7年4月より金沢へ単身赴任
JSS金沢駅西へ入会。平泳ぎ以外の種目の技術も習得へ
石川県選手権男子50m平泳ぎ14位
石川県民体育大会成年男子50m平泳ぎ3位
石川県長距離マスターズ400m個人メドレー(短水路)初挑戦
2003社会人6年鳥取県選手権男子50m平泳ぎ5位
鳥取県民体育大会成年男子50m平泳ぎ優勝
この年も練習が積めず、自己記録更新はならず
2002社会人5年
(30歳区分)
鳥取県選手権男子50m平泳ぎ6位
練習不足に悩み、自己記録更新の無い苦難の年に
2001社会人4年智頭リプルマスターズ男子50m平泳ぎ(短水路)で32秒台へ突入
鳥取県夏期マスターズ男子100m平泳ぎ(短水路)で12秒台へ突入
鳥取県選手権男子50m平泳ぎ優勝、28歳にして鳥取県選手権者
男子100m平泳ぎ(長水路)で自己記録を13年振りに更新
鳥取県民体育大会成年男子200mメドレーリレーで、同種目県記録更新
2000社会人3年鳥取県室内選手権男子100m平泳ぎ(短水路)で自己記録を12年振りに更新
鳥取県選手権男子50m平泳ぎ4位
鳥取県民体育大会成年男子50m平泳ぎ2位
成年男子200mメドレーリレーで、同種目県新記録樹立
1999社会人2年鳥取県民体育大会成年男子50m平泳ぎ2位
1998社会人1年
(26歳区分)
帰鳥しサンフィッシュ鳥取に入会
マスターズコースへ所属し競泳を11年振りに再開
1997
1996
大学院生豊川高校プールへ入会するも数回しか行かず
1995
1992
大学生静岡の市営プールへ数回行ったのみ
1991失業侍中受験終了後に水につかった記憶が・・
1990高校3年鳥取TSS退会
1989
1988
高校1,2年鳥取TSSに再入会
1988年11月06日100m平泳ぎ(短水路)1’15”00が自己記録となる
ミニトライアスロン大会に出場し1km泳ぐ
1988高校1年プールの無い高校へ進学し現役引退
1987中学3年中体連100、200m平泳ぎで鳥取県二冠
1984小学6年市の大会で敗退。県大会への出場を逃す
1983小学5年小体連専門が平泳ぎに固まる
鳥取県大会 50m平泳ぎ 5位
1980小学2年鳥取市へ転校
鳥取TSS創設を機に入会し、再開
1979小学1年級が上がらない腹いせで、岡山OSK退会
1978幼稚園 年長暴れん坊に親が手を焼き、岡山OSKへ放り込まれる

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